株式会社船井総研サプライチェーンコンサルティング
サプライチェーン支援部 アソシエイト
下花慶志
第一章:「2035年・人件費1.4倍時代を生き抜く」製・配・販連携と共同物流の実践戦略
小売業界のサプライチェーンを支えてきた物流システムは、今かつてない大きな曲がり角に立たされています。長年続いてきた「荷主優位」の構造は過去のものとなり、物流現場の疲弊と供給力の限界が、小売企業の事業継続そのものを揺るがす時代へと突入しました。本コラムでは、全3部構成の「第1章」として、現在の小売物流を取り巻く厳しく構造的な時流を紐解き、なぜ今、企業や立場の垣根を越えた取り組み、考え方へと舵を切るべきなのか、その背景と必然性を解説します。
1 労働力の急減と人件費高騰がもたらす「限界」
小売物流の基盤を直撃している最大の要因は、深刻な構造的人手不足とコストの上昇です。
我が国の生産年齢人口(15〜64歳)は減少の一途を辿っており、最低賃金の継続的な引き上げ等によって人件費が高騰しています。
ある試算では、2035年には人件費が2015年比で1.4倍に達すると見込まれています物流産業は本質的に労働集約型であるため、人件費の高騰はダイレクトに事業経営を圧迫します。
これにより、現場作業員および配送ドライバーの確保難は一時的な問題ではなく、常態化された構造的課題となっています。
従来のような低コストに依存した物流維持モデルは、完全に限界を迎えているのです。

2「2024 年問題」と倒産の急増による「需給逆転現象」
さらに現場を追い詰めているのが、労働環境の適正化に伴う法改正や各種規制です。
「2024年問題」に代表される時間外労働の上限規制や労務・安全基準の強化、ならびに燃料費の高騰といった外的要因が、物流事業者の損益を著しく悪化させています。
原価上昇分を運賃に転嫁できず、採算悪化に陥った物流事業者の倒産件数は急増しており、市場におけるプレイヤー数は減少傾向にあります。
この「プレイヤーの激減」は、市場の需給バランスを根底から崩しました。
これまでのように「安く叩いて運ばせる」ことは不可能なばかりか、「運賃を払っても運んでくれるトラックが見つからない」という需給逆転現象が発生しています。
荷主優位の時代は終焉を告げ、物流網の維持そのものが危機に瀕しているのです。

3 法令順守の重圧と、荷主・物流現場間の「すれ違い」
こうした危機的状況に対し、行政側も規制強化に乗り出しています。荷主企業に対しては、「特定荷主としての義務」が課され、物流統括管理者(CLO)の設置や、トラックドライバーの荷待ち時間の削減、積載率向上といった具体的改善が法的に強く求められています。
違反すれば行政指導や罰則の対象となるため、荷主企業も法令対応への厳しい苦悩を抱えています。
しかし、現実の現場では荷主と物流企業の間に根深い「すれ違いとコンフリクト」が生じています。
物流企業側:「原価高騰や最低賃金上昇を吸収しきれず、適正粗利の確保と事業継続のためには値上げ要請をせざるを得ない」
荷主企業側(SCM・物流部):「経営層から物流費削減を命じられており、一方的な値上げは受け入れられない。しかし法令順守も行わなければならない」
互いに自社を取り巻く外的要因への対応に追われるあまり、単なる価格交渉の対立に終始し、本質的な物流効率化に向けた歩み寄りが進まない悪循環に陥っています。

4 対立から協働へ ——「シェアリング型オープンブック契約」の推進
従来の交渉スタイルである「一方が得をすれば一方が損をする」ゼロサムゲームを続けていては、物流網そのものが崩壊し、荷主企業の販売機会損失に直結します。これからの小売物流において目指すべきは、企業や立場を超えた「サステナブルな物流の共同構築」にほかなりません。
そのためには、物流費の「結果としての値上げ・値下げ交渉」から脱却し、原価構造を相互に開示(オープンブック)した上で、適正な目標原価を設定する仕組みが必要です。
そして、双方で知恵を出し合って達成したコスト削減成果は公平に分配し、予期せぬ環境変化に伴うリスクも分担し合う「シェアリング型オープンブック契約」の導入は現状を打開する一つの解決策となり得ます。
互いに透明性の高い協働関係を築くことこそが、物流危機の時代を生き抜き、持続可能なサプライチェーンを築く唯一の道筋です。
続く「第 2 章」では、このシェアリング型オープンブック契約の具体的な仕組みやメリット、対立から協働へ変革をもたらすメカニズムについて深掘りしていきます。
次章もぜひご一読くださいませ。
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サプライチェーン支援部 アソシエイト
下花 慶志 氏
